jiva
| jīva |
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| 命 |
生命, 命, 霊魂
1. the soul 2. life, in yāvajīvaṁ as long as life lasts, for life, during (his) lifetime
辞書にはsoul:霊魂もあります。おそらくこれは『命と体は同一である』、『命と体は異なる』といった文章の訳語に使われるということです。同様な単語としてはatta:自己、自分、我、魂があります。
その他の用例としては、『命つきるまで』といったところです。このwikiでは、とりあえず命だけを訳語にしておきます。
jīvita(命)との違いは調査中です。
類語 jīvita:命、loka:生命、pāṇa:生命
出典: sn10.1
| Yāvajīvaṃ mātāpettibharo assaṃ, yāvajīvaṃ kule jeṭṭhāpacāyī assaṃ, yāvajīvaṃ saṇhavāco assaṃ, yāvajīvaṃ apisuṇavāco assaṃ, yāvajīvaṃ vigatamalamaccherena cetasā | 私は命つきるまで父母を養う者となろう。私は命つきるまで家の年長者を敬う者となろう。私は命つきるまでやさしい言葉の者となろう。私は命つきるまで両舌なき言葉の者となろう。私は命つきるまで物惜しみのよごれを離れた心で、 |
| agāraṃ ajjhāvaseyyaṃ muttacāgo payatapāṇi vossaggarato yācayogo dānasaṃvibhāgarato, yāvajīvaṃ saccavāco assaṃ, yāvajīvaṃ akkodhano assaṃ . | 家に暮らし、喜捨を放ち、手を浄め、棄捨を愉しみ、乞いに応じ、布施の分かち合いを愉しもう。私は命つきるまで真実語の者となろう。私は命つきるまで怒りなき者となろう。 |
出典: sn11.11
| Taṃ jīvaṃ taṃ sarīranti vā, bhikkhu, diṭṭhiyā sati brahmacariyavāso na hoti. | あるいは比丘よ、『命と体は同一である』という見があるなら梵行住はありません。 |
| Aññaṃ jīvaṃ aññaṃ sarīranti vā, bhikkhu, diṭṭhiyā sati brahmacariyavāso na hoti. | あるいは比丘よ、『命と体は異なる』という見があるなら梵行住はありません。 |
| Ete te, bhikkhu, ubho ante anupagamma majjhena tathāgato dhammaṃ deseti . | 比丘よ、この両端、それらに近づくことなく、如来は中央により法を示します。 |
出典: sn12.35
出典: sn24.13
●六師外道の見解です。
| Natthi balaṃ natthi vīriyaṃ natthi purisathāmo natthi purisaparakkamo. | (定めを変える)力はなく、精進はなく、人の根気はなく、人の奮闘はない。 |
| Sabbe sattā sabbe pāṇā sabbe bhūtā sabbe jīvā avasā abalā avīriyā niyatisaṅgatibhāvapariṇatā chasvevābhijātīsu sukhadukkhaṃ paṭisaṃvedentī’’’ti? | 一切の衆生、一切の生命、一切の存在、一切の命は自在なく、無力で、精進なく、定めと出会う状態に曲げられ、ただ六種の生まれのうちで苦楽を体験する。』」と。 |
出典: sn24.7
sn35.120:「友よ、じつに『諸根において門が保護されず、食物に適量を知らず、覚醒を実践しないその比丘が、命つきるまで円満で遍浄な梵行を続けるだろう』ということはありえない。」
sn41.3:「テーラ尊者よ、世間には、これらの様々な見が生じます。『世界は永遠である』とか、『世界は永遠でない』とか、『世界は果てがある』とか、『世界は果てがない』とか、『命と体は同一である』とか、『命と体は異なる』とか、『如来は死後に存在する』とか、『如来は死後に存在しない』とか、『如来は死後に存在し、そして存在しない』とか、『如来は死後に存在するのでもなく、存在しないのでもない』と。
jiva.txt · 最終更新: by h1roemon
