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samatha
samatha
寂止

:d: 止, 止息, 寂止, 奢摩他; 滅諍, 滅, 滅法


静まり止まった状態”を示す言葉です。経典の中ではvipassanā:と対で使われることもあります。
またsaṅkhāra:諸行やsaṅkharoti:行作静めて止めることが多く説かれています。


Atha ca pana me sabbasaṅkhārasamathe sabbūpadhipaṭinissagge taṇhākkhaye virāge nirodhe nibbāne cittaṃ na pakkhandati nappasīdati na santiṭṭhati nādhimuccati. それなのに私には一切諸行、一切依著放棄渇愛尽滅離貪涅槃に対して、が躍動せず、浄信せず、住立せず、信解しない。
出典: sn22.90
‘Sīghaṃ dūtayuga’nti kho, bhikkhu, samathavipassanānetaṃ adhivacanaṃ. 比丘よ、『急ぎの一対の使者』とは指示語です。
出典: sn35.245
Idampi kho ṭhānaṃ duddasaṃ yadidaṃ sabbasaṅkhārasamatho sabbūpadhipaṭinissaggo taṇhākkhayo virāgo nirodho nibbānaṃ. またこの道理も見難い、すなわち一切の諸行、一切の依著放棄渇愛尽滅離貪涅槃は。
出典: sn6.1
Saññāvedayitanirodhasamāpattiyā kho, gahapati, dve dhammā bahūpakārā –  居士よ、想受滅等至には、二つのが大きな助けとなります。
samatho ca vipassanā cā’’ti.  観察です」と。
出典: sn41.6
Katamo ca, bhikkhave, asaṅkhatagāmimaggo?  それでは比丘たちよ、無行作に至るとは何か?
Samatho ca vipassanā ca.  観察です。
出典: sn43.2
Katame ca, bhikkhave, dhammā abhiññā bhāvetabbā? それでは比丘たちよ、証知して修養されるべき諸法とは何か?
Samatho ca vipassanā ca . です。
出典: sn45.159

mn35_3:『かの世尊は仏陀であり、覚りへのを示される。かの世尊は調御されており、調御へのを示される。かの世尊は静まっており、寂止へのを示される。かの世尊は渡られて、渡るためのを示される。かの世尊は般涅槃されて、般涅槃へのを示される。』

sn45.159:「それでは比丘たちよ、何が証知して修養されるべき諸法だろうか?観察。比丘たちよ、これらが証知して修養されるべき諸法である。」
sn46.2:「比丘たちよ、特相、困惑なき特相があり、そこでの如理作意多修。これが未生の定覚支生起のため、あるいは生じた定覚支修養・成満のためのである。」
sn48.50:「一切の諸行、一切の依著放棄渇愛尽滅離貪涅槃。尊者よ、彼の智慧。それはじつに慧根となります。」
mn48_2:『いったい私は、このを習熟し修養多修し、各々で寂止を得、各々で鎮火を得ているだろうか?』

samatha.txt · 最終更新: by h1roemon