anatta
文書の過去の版を表示しています。
| anattā |
|---|
| 無我 |
無我, 非我 [adj.] soul-less. (m.), non-ego
an:否定 + attā:我、自己 ⇒ 我ではない、自己ではない
●sn22.144ではこう説かれています。
●sn44.10等を見ると無我とは単に『我は存在しない』という意味ではなさそうです。
●sn22.59で無我は「自分の意のままにならない、私の得たものではない、私の自在力の及ばない」ものとして説かれています。
出典: sn22.59
※「我とは何か(藤本 晃氏)も非常に参考になります。
類語 atta:我、自分、自己
出典: sn22.68
出典: sn22.11
| ‘‘Rūpaṃ, bhikkhave, anattā, vedanā anattā, saññā anattā, saṅkhārā anattā, viññāṇaṃ anattā. | 「比丘たちよ、色は無我であり、受は無我であり、想は無我であり、行は無我であり、識は無我です。1) |
1)
sn22.136参照
出典: sn22.14
出典: sn22.15
出典: sn22.20
| Evameva kho, bhikkhave, ye hi keci atītamaddhānaṃ samaṇā vā brāhmaṇā vā yaṃ loke piyarūpaṃ sātarūpaṃ taṃ aniccato addakkhuṃ dukkhato addakkhuṃ anattato addakkhuṃ rogato addakkhuṃ bhayato addakkhuṃ, te taṇhaṃ pajahiṃsu. | まさにそのように比丘たちよ、およそ過去の時に沙門、婆羅門の誰であれ、世間での愛しきもの、快いもの、それを無常と見、苦と見、無我と見、病と見、恐怖と見た者たち。彼らは渇愛を断じました。 |
出典: sn12.66
●行き過ぎた見解について述べられています。
| ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, bhikkhave, vijjati yaṃ idhekacco moghapuriso avidvā avijjāgato taṇhādhipateyyena cetasā satthusāsanaṃ atidhāvitabbaṃ maññeyya. | 「さて比丘たちよ、ここに一部の無知な愚か者が渇愛の威力ある心をもって無明に至って、師の教えが超過されるべきと思うようなこともあります。 |
| Iti kira, bho, rūpaṃ anattā, vedanā… | 『ああ、かくしてこうなるらしい。色は無我であり、受は … |
| saññā… | 想は … |
| saṅkhārā… | 行は … |
| viññāṇaṃ anattā. | 識は無我であり、 |
| Anattakatāni kammāni kathamattānaṃ phusissantīti? | 無我によってなされた諸々の業がどうして(未来に)我に触れるだろうか?』と。 |
出典: sn22.82
出典: sn44.10
sn55.3:「ディーガーヴよ、ここに君は一切諸行における無常の随観者、無常における苦の想ある、苦における無我の想ある、断の想ある、離貪の想ある、滅の想ある者として住しなさい。ディーガーヴよ、このように君は学ぶべきである」と。
anatta.1759730122.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
