dasabala
十力

dasa:十の + bala:

如来が持つ十の超人的な力のこと。mn12_1から抜粋します。

  1. 如来は道理を道理と、非道理を非道理と、如実了知する。
  2. 如来は過去・未来・現在の受持果報を、道理との面から、如実了知する。
  3. 如来あらゆる処に至る行道如実了知する。
  4. 如来は多数の・種々のから成る世界如実了知する。
  5. 如来衆生のそれぞれ異なる志向性を如実了知する。
  6. 如来は他の生類、他の人々のの上下性を如実了知する。
  7. 如来解脱等至汚染純化出定如実了知する。
  8. 如来は種々の過去の暮らしを追憶する。すなわち、一生も、二生も、三生も、四生も、五生も、十生も、二十生も、三十生も、四十生も、五十生も、百生も、千生も、百千生も、多くの壊劫も、多くの成劫も、多くの壊成劫も、『そこで私はこういうで、こういう家柄で、こういう容姿で、こういうの、こういう苦楽体験し、こういう最終寿命であった。その(私)はそこから死没して、どこそこに生じた。またそこでは私はこういうで、こういう家柄で、こういう容姿で、こういうの、こういう苦楽体験し、こういう最終寿命であった。その(私)はそこから死没して、ここに再生した』と。このように具体的かつ詳細な、種々の過去の暮らしを追憶する。
  9. 如来は人間を超え清浄天眼により、死没再生してゆく、劣った・優れた、美しい・醜い衆生を見て、に従って衆生良くなり、悪くなるのを了知する、『じつに、これらの衆生身の悪行為を備え、語の悪行為を備え、悪行為を備え、聖者たちを責め、邪見の、邪見受持者ゆえに、彼らは身の崩壊より死後に苦界悪趣堕処地獄再生した。しかし、これらの衆生善行為を備え、善行為を備え、善行為を備え、聖者たちを責めず、正見の、正見受持者ゆえに、彼らは身の崩壊より死後に善趣である天界に再生した。このように人間を超え清浄天眼により、死没してゆく衆生再生してゆく衆生を見て、に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く衆生了知する。
  10. 如来諸漏尽滅ゆえに、なき心解脱慧解脱を、まさに現法で自ら証知して、実証して、具足して住する。

如来にはこれら如来十力があり、そのを具えた如来は牛王の立場を自認し、会衆に獅子吼し、梵輪を転ずる。


‘‘dasabalasamannāgato, bhikkhave, tathāgato catūhi ca vesārajjehi samannāgato āsabhaṃ ṭhānaṃ paṭijānāti, parisāsu sīhanādaṃ nadati, brahmacakkaṃ pavatteti .「比丘たちよ、如来十力を備え、四無所畏を備え、牛王の立場を自認し、会衆のうちで獅子咆(ししく)し、梵輪を転じる。
出典: sn12.21
‘‘Imesañca panāhaṃ, āvuso, catunnaṃ satipaṭṭhānānaṃ bhāvitattā bahulīkatattā ṭhānañca ṭhānato aṭṭhānañca aṭṭhānato yathābhūtaṃ pajānāmī’’ti.「また友よ、私はこれら四念処修養多修により、道理を道理と、非道理を非道理と、如実了知します」と。1)
出典: sn52.15