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ariyasacca
ariyasaccacattāriariyasacca
聖諦四聖諦

cattāri:四つの + ariya: + sacca:真実
四つの聖なる真実です。中国でつけられた”諦”という訳語を採用しておきます。
sn56.11mn10_2:によると、
  ●聖諦:「であり、であり、であり、悲嘆であり、
    嫌な者たちに関わるのもであり(怨憎会苦)、愛しい者たちからの離別もであり(愛別離苦)、
    求めてもそれを得られないのもである(求不得苦)。まとめると五取蘊である。」
  ●集起聖諦:「およそ喜びをともない、あらゆるところに歓喜を求め、再有へ導くこの渇愛がある。
            それはすなわち欲愛有愛無有愛である。」
  ●聖諦:「まさにその渇愛の残りなき離貪による滅尽喜捨放棄、脱却、無執著がある。」
  ●に至る行道聖諦:「それこそが八支聖道である。すなわち正見正思惟正語正業正命正精進正念正定である。」
この四つを遍知することでブッダご自身も法眼が生じ、が生じ、が生じ、が生じ、光が生じたと説かれています。

●四聖諦の別表現がいくつかあります。

‘‘Idaṃ ‘dukkha’nti kho, āvuso, byākataṃ bhagavatā;「友よ、『これはである』と世尊により明言されました。
ayaṃ ‘dukkhasamudayo’ti byākataṃ bhagavatā;『これは集起である』と世尊により明言されました。
ayaṃ ‘dukkhanirodho’ti byākataṃ bhagavatā;『これはである』と世尊により明言されました。
ayaṃ ‘dukkhanirodhagāminī paṭipadā’ti byākataṃ bhagavatā’’ti.『これはに至る行道である』と世尊により明言されました」と。
出典: sn16.12
‘‘Yato ca ariyasaccāni, sammappaññāya passati; しかし(人が)(四)聖諦を正しい智慧で見るならば
Dukkhaṃ dukkhasamuppādaṃ, dukkhassa ca atikkamaṃ; 共起超過
Ariyaṃ caṭṭhaṅgikaṃ maggaṃ, dukkhūpasamagāminaṃ. そして静寂に導く八支聖道
出典: sn15.10

‘‘Punabbasu sukhī hohi, ajjāhamhi samuggatā; プナッバスよ幸福であれ いまこそ私は立ち上がった
Diṭṭhāni ariyasaccāni, uttarāpi suṇātu me’’ti. 諸聖諦は見られた ウッタラ―も私の(言葉を)聞きなさい」と。
出典: sn10.7
Kattha ca, bhikkhave, paññindriyaṃ daṭṭhabbaṃ? では比丘たちよ、慧根はどこで見られるべきか?
Catūsu ariyasaccesu . 四聖諦において、
ettha paññindriyaṃ daṭṭhabbaṃ. そこで慧根は見られるべきです。
出典: sn48.8
‘‘Ye hi keci, bhikkhave, atītamaddhānaṃ kulaputtā sammā agārasmā anagāriyaṃ pabbajiṃsu, sabbe te catunnaṃ ariyasaccānaṃ yathābhūtaṃ abhisamayāya.「比丘たちよ、過去の時、正しく俗家から家なき者へと出家した良家の子息は誰であれ、みな四つの聖諦如実現観のためです。
出典: sn56.3
ariyasacca.txt · 最終更新: by h1roemon