| upādāna | upādi- | upādiyati | |
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| 取(しゅ) 、 諸取[複数] | 取[複合語] | 取着する | 取する |
1.取, 取著, 執着. 2.燃料
1. fuel, supply, provision; adj. (-°) supported by, drawing one’s existence from 2.“drawing upon”, grasping, holding on, grip, attachment; adj. (-°) finding one’s support by or in, clinging to, taking up, nourished by
upa:~まで、近く + ādāna:取ること → 取ること、取り入れること、燃料
用例を見ると(燃料として)取り込むという意味があるようです。動詞形upādiyatiは”燃料とする、取り込む”という意味となります。
そして縁起の九番目の要素です。
無明→諸行→識→名色→六処→触→受→渇愛→取→有→生→老死、悲、悲嘆、苦、憂、悩。
これがひとつの定義です。
sn22.121やsn35.110では、こう説かれています。
| Katame ca, bhikkhave, upādāniyā dhammā, katamaṃ upādānaṃ? | それでは比丘たちよ、取される諸法とは何か、取とは何か? |
| Rūpaṃ, bhikkhave, upādāniyo dhammo, yo tattha chandarāgo, taṃ tattha upādānaṃ. | 比丘たちよ、色は取される法であり、そこでの愛着、それがそこでの取です。 |
| Vedanā…pe… | 受は …中略… |
| saññā… | 想は … |
| saṅkhārā… | 行は … |
| viññāṇaṃ upādāniyo dhammo; | 識は取される法であり、 |
| yo tattha chandarāgo, taṃ tattha upādānaṃ. | そこでの愛着、それがそこでの取です。 |
sn35.123では、こう説かれています。
「それでは比丘たちよ、何が取される諸法であり、何が取なのか?
比丘たちよ、眼で識られる、望ましき、所愛の、好みの、愛しき、欲を近寄せ、魅了する
諸色(諸声・諸香・諸味・諸接触・諸法)がある。
比丘たちよ、これらが取される諸法と言われる。
そこでの愛着、それがそこでの取である。」
類語 upadhi:依著、upādiyati:取着する、ādāna:取ること
●はっきりと(火の)燃料という意味で使われています。
| ‘‘Laddhā hi so upādānaṃ, mahā hutvāna pāvako; | なぜならそれは取を得て1) 大きな炎となって |
| So āsajja ḍahe [dahe] bālaṃ, naraṃ nāriñca ekadā; | それは近づいて 時には愚かな男女を焼くだろう |
| Tasmā taṃ parivajjeyya, rakkhaṃ jīvitamattano. | それゆえ自己の命を守るため それを回避すべし |
| ‘‘Katame ca, bhikkhave, pañcupādānakkhandhā? | それでは比丘たちよ、五取蘊とは何か? |
| Yaṃ kiñci, bhikkhave, rūpaṃ atītānāgatapaccuppannaṃ…pe… | 比丘たちよ、過去・未来・現在のいかなる色であれ、 …中略… |
| yaṃ dūre santike vā sāsavaṃ upādāniyaṃ, ayaṃ vuccati rūpupādānakkhandho. | 遠く、近くの、漏ある、取されるもの、これが色取蘊と呼ばれます。 |
| Yā kāci vedanā…pe… | 過去・未来・現在のいかなる受であれ、 …中略… |
| yā dūre santike vā sāsavā upādāniyā, ayaṃ vuccati vedanupādānakkhandho. | 遠く、近くの、漏ある、取されるもの、これが受取蘊と呼ばれます。 |
| Yā kāci saññā…pe… | 過去・未来・現在のいかなる想であれ、 …中略… |
| yā dūre santike vā sāsavā upādāniyā, ayaṃ vuccati saññupādānakkhandho. | 遠く、近くの、漏ある、取されるもの、これが想取蘊と呼ばれます。 |
| Ye keci saṅkhārā…pe… | 過去・未来・現在のいかなる行であれ、 …中略… |
| sāsavā upādāniyā, ayaṃ vuccati saṅkhārupādānakkhandho. | 遠く、近くの、漏ある、取されるもの、これが行取蘊と呼ばれます。 |
| Yaṃ kiñci viññāṇaṃ atītānāgatapaccuppannaṃ…pe… | 比丘たちよ、過去・未来・現在のいかなる識であれ、 …中略… |
| yaṃ dūre santike vā sāsavaṃ upādāniyaṃ, ayaṃ vuccati viññāṇupādānakkhandho. | 遠く、近くの、漏ある、取されるもの、これが識取蘊と呼ばれます。 |
| Ime vuccanti, bhikkhave, pañcupādānakkhandhā’’ti. | 比丘たちよ、これらが五取蘊と呼ばれます」と。 |
| Katamā nu kho, bhante, bhavanetti, katamo bhavanettinirodho’’ti? | 尊者よ、いったい何が有への誘導ですか? 何が有への誘導の滅ですか?」と。 |
| ‘‘Rūpe kho, rādha, yo chando yo rāgo yā nandī yā taṇhā ye upayupādānā cetaso adhiṭṭhānābhinivesānusayā – | 「ラーダよ、色への欲、貪、喜び、渇愛、接近と取からの心の堅持と執持の随眠。 |
| ayaṃ vuccati bhavanetti. | これが有への誘導と呼ばれます。 |
| Tesaṃ nirodho [nirodhā (sī. syā. kaṃ. pī.)] bhavanettinirodho. | それらの滅が、有への誘導の滅です。 |
●特殊用法として、連続体upadāyaには、取り上げるといった用法もあるようです。
mn44_1:「聖尼よ、いったいかの(十二縁起の)取は、まさにこの五取蘊ですか、それとも五取蘊以外の取ですか?」と。
「友ヴィサーカよ、かの(十二縁起の)取は、まさにこの五取蘊ではなく、五取蘊以外の取でもありません。
友ヴィサーカよ、五取蘊への愛着、その場合、それが取です」と。
mn72_2:「『およそ君の前に燃えている火、この火は何に縁りて燃えているのか』と。尊者ゴータマよ、そう問われた私はこう解答するでしょう。『およそ私の前に燃えている火、この火は草や薪の取に縁りて燃えています。』」と。
